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肢体不自由
各障害に関する知識(肢体不自由)
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肢体不自由教育の始まり
肢体不自由教育に関しては、ヨーロッパから整形外科学が、明治30年代以降、我が国に移入されてきたことに始まります。高木憲次は、東京帝国大学整形外科教室において、肢体不自由者の実態調査を行い、身体が不自由のために学校に行けない子どもがいることを知りました。このような児童が、治療しながら教育を受けることのできる「教療所」が必要だと感じ、大正7年頃から治療と学校教育と職業教育を行う「夢の楽園教療所」の実現を唱えはじめました。これが我が国における肢体不自由教育の必要性を述べた最初のものだと考えられています。
その後、高木憲次はドイツに留学し、大正13年に「クリュッペルハイムに就て」という論文を発表し、治療と学校教育、職業教育を兼ね備えた施設が日本にも必要であることを論じ、「夢の楽園教療所」の考えをふくらませていきました。
一方、大正10年、我が国最初の肢体不自由児を対象とした施設として東京市小石川区に、柏倉松藏によって柏学園が設立されました。
その後、東京市において大正末から公立の肢体不自由児の教育施設開設の機運が盛り上がり、昭和7年に東京市立光明学校が創立されました。独立の学校による肢体不自由児教育は、光明学校のみでしたが、いくつかの県では、小学校に肢体不自由児の特別な学級を設けたり、身体虚弱児や知的障害児の学級と併設し、戦前において、およそ14の肢体不自由学級に100名前後の児童が在籍していたと言われています。
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