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通常の学級に在籍する気になる子どもの理解 2 
-虐待・不登校・いじめを中心に-

学校および学級に在籍している子ども達の中には、特別支援教育の対象ではないけれど、何らかの支援を必要としている子どもがいると考えられます。例えば、最近の教育現場では、虐待の問題やいじめの問題が注目されていますし、不登校への対応についても未だに大きな課題が残されています。障害の有無に関わらず、困難な状況を抱える子どもが示す言動は、「二次障害」としての発達障害の子どもの問題行動と見分けることが困難で、しばしば混同されてしまいます。こうしたことから考えると、特別支援教育の視点だけに偏ることなく、学校生活全体を視野に入れ、一人一人の子どもの実態に沿った幅の広い支援を行うことが、今後ますます重要となるでしょう。


 なお、付け加えるまでもありませんが、虐待やいじめといった、子どもの安全や生命が脅かされている可能性を認めた時には速やかに対応し、まず子どもの安全を確保することが絶対的な優先事項です。



1.子どもの示す問題行動の背景


 虐待やいじめなどが教室外や学校外で起こっている場合、教員には全てを把握しきれないことも多いと思います。それにもかかわらず、虐待にせよ、いじめにせよ、耐え難い状況に置かれている子どもは、学校での様々な問題行動を通して、無意識に救いや支援を求めるサインを出しているかもしれないことに留意することが重要です。場合によっては、問題行動そのものが無意識のサインである可能性も考えられます。問題行動をただ排除すべきものとして捉えるだけでなく、もう一度その行動の示している意味について、じっくりと思いを巡らせてみること、問い直してみることで大事なサインを見逃すことは防げるでしょう。


 図1は、単に子どもの問題がひとつの要因で生じているのではなく、背景として、器質的要因、心理的要因、環境的な要因が相互作用をすることで問題行動として表面に姿を現していることを示しています。




2.問題行動の示す意味


 以下に示す4点は、障害の有無にかかわらず、さまざまな場面で不適応行動として多く現れてきますが、それは同時に、子どもの重要なサインであると捉えることができる点にも留意すべきでしょう。

1)「落ち着きのなさ」

 
 落ち着きのなさは、ADHD等の器質的な要因によっても現れますが、不安や緊張が極度に強い場合にも多く見られる行動です。特に、虐待やいじめ等の経験があり、常に心身の危険に晒されていると子ども自身が感じている場合には顕著に現れます。この場合、子どもは他者からの攻撃に対して自らの身を守るため、当然の防衛姿勢として周囲のちょっとした刺激にも過剰に反応してしまう「過覚醒状態」なのだと捉えることができます。そこでは、ただ単に子どもの行動を抑制しようとする対応だけでは、渦巻く危険の中へ全くの無防備な状態で子どもを放り出すのと同じことになってしまいます。何よりも大切なことは、まず子ども自身が「ここにいて安全である」と実感できることを保証するような関わりを持つことです。


 図2は、心理学者マズロー.Aが唱えた「欲求段階説」を示したものです。マズローによれば「人間の欲求は下位の欲求が十分に満たされて初めて、より上位の欲求を持つことができる」と考えられています。このことからも「安全感」を得ることが子どもの発達にとって大変重要なものであることがわかります。 








2)「攻撃性の高さ」


認知機能の偏り等の器質的な要因から、他者とのコミュニケーションがうまく取れずに理解されない怒りが積もっていき、癇癪を爆発させる場合もあります。しかしもう一方の可能性として、上記1)とも密接に関係しますが、心身の危険に晒される状態が続くと、自らの身を守るためには「攻撃される前に攻撃する」あるいは「誰も自分に手を出せないことを示す」ために、他者に対する過度な攻撃性を表す「被害感が強い」場合もあります。この被害感が高まってくると、自らの身を守るために「ひきこもり」という形で危険な他者との接触を断ってしまう場合もあります。こうした場合にも、まずは安全感を十分に保証する姿勢を示していくところから始めることが重要になります。  コンサルティである担任教師の一人の目でなく、公表されているチェックリストを用いて、その学校の特別支援教育コーディネーター等と共に、複数の目で考え、対応していくことを、コンサルタントはアドバイスすることが大切です。

3)「共感性の低さ」


 自閉症スペクトラムの器質的な要因として、他者の痛みが分からない、他者との共同作業が苦手、集団生活のルールに馴染めない等の困難が示される場合があります。しかし、虐待等で子どもの育ってきた環境が苛酷になればなるほど、他者を思いやる豊かな情緒を身に付ける余裕がなかった可能性も浮かんできます。近年の乳幼児精神保健の分野では、共感性は必ずしも生得的なものではなく、乳幼児期からの情緒豊かな親子関係の中で育み養われることで形成されていくことが議論されてきています。親子の間に早期からの「愛着形成」に問題が生じると、子どもの情緒は貧困になり、他者を思いやる等の共感性を身に付けることが困難になります。


J.ボウルビーは「愛着対象としての母親*から苦悩や恐怖を低減するために不可欠な安心感や安全感を得られる」ことを示し、かつまた、そうした「愛着対象の喪失」や「分離体験」が乳幼児の健全な発達に深刻な影響を及ぼすことを指摘しています。
(*ここで言う「母親」とは主たる養育者のことを指していて、実際の母親に限りません。)


こうした「愛着形成」に問題がある場合には、子どもの器質、あるいは苛酷な環境のために、育つ機会を得られなかった共感性の芽を改めて育てていく環境を提供することが重要となります。子どもが適切な支援を通して心の栄養を与えられることで、新たな可能性の芽を伸ばすことができるかも知れません。

4)「何事にも無関心や消極的な姿勢」


 特に、虐待等の被害を受けている子ども達の中には、PTSD*として、抑うつ状態(いわゆるうつ状態)を呈している子どももいます。自己否定感が極端に強かったり、自分が生きていることに意味を見いだせなかったり、何事にも楽しみを見つけられなかったりといった気持ちを抱えているので、周囲で起こっていることや他者からの関わりに対して、反応が乏しい場合があります。このような状態には、薬物療法等が必要な場合もありますので、保護者の協力を得た上で医療機関との連携も視野に入れましょう。
(*PTSD(心的外傷後ストレス障害):突然の衝撃的な出来事を経験することによって生じる特徴的な精神症状です。)



3.安心感や共感性を育てる器



 学齢期になっても、早期に生じた親子関係の問題が解決されなければ、それは親子の問題を超えて、他者との人間関係の持ち方にまで影響を及ぼします。その子どもに固有の人間関係の持ち方が、安全感や被害感といった無意識のテーマを通して、問題行動あるいは不適応行動として姿を現すことになります。


 こうした早期の親子関係の持ち方に始まる対人関係の困難を抱える背景を「関係性の障害」という視点から捉えられます。D.N.スターンは“関係を作る個人ではなく二者間(主に母子)の関係の在り方の障害”として「関係性の障害」を挙げて心理的なケアが必要であることを示しています。この「関係性の障害」は、1)正常な母親と障害のある子ども、2)障害のある母親と正常な子ども、3)母親も子どもも正常であるがその関係性に障害がある場合のこれら全てにおいて起こりうることを指摘しています。乳幼児期に「関係性の障害」があると、虐待や育児困難を引き起こす可能性があり、結果として乳幼児の心身の健全な発達を阻害する危険があるので、早期に親子とも適切な支援を受けることが重要です。


 乳幼児期に形成された人間関係の持ち方のパターンは、年齢を重ねて他者との交流経験が増えても、その根底にしっかりと息づいています。そうした観点から、教室や学校内で子どもが見せる問題行動や不適応行動を無意識のサインとして捉えることで、育つ機会が得られなかった子どもの成長に向かう力や願いに、大人がきちんと応える機会を提供することができます。学校生活で示す困難であっても、子どもの成長へのニーズに応えるためには、家庭と十分な信頼関係と協力関係を築くことが重要ですし、十分に時間を掛けた丁寧な支援が必要です。こうした子どもを巡る協力体制は、この関係の中で子どもの心を育てるための器を改めて提供することにも例えることができるでしょう。




4.気になる子どもを担任しているコンサルティへの対応



 コンサルタントが、アセスメントを通じて子どものサインを見つけた場合、まず何よりも、子どもの安全を第一に優先した対応を進めなければなりません。現在進行中の心身の危険であれば、速やかに安全確保の方策を考える必要があります。
 また、そうした危険が過去のものであったとしても、PTSDのように、時間を経てから生じてくる問題もあります。学級内、学校内で日々の生活を通して少しずつ安全感を取り戻していけるように受容的に関わっていく、あるいは見守る姿勢が大切ですが、トラウマを癒やすには、医療機関やスクールカウンセラー等と積極的に連携してトラウマをケアすることも重要でしょう。こうした子どもの行動の意味をコンサルティと理解すると共に、専門機関との架け橋とななることがコンサルタントの役割となります。